【レビュー】『負けヒロインが多すぎる!』
〇 ラブコメの王道
『負けヒロインが多すぎる!』(第1巻)を読みました。この作品の特徴ですが、その名のとおり、ヒロインがみんな失恋します。
なんなら、開幕即失恋です。
主人公・温水和彦と、開幕即失恋した(負け)ヒロイン・八奈見杏菜のやりとりで話が進んでいきます。
本来交わらないはずのカースト違いの主人公とヒロインの間に、継続的なやりとりを不自然なく展開していく。そのための仕掛けは、この作品に限らず、ラブコメのストーリーを進めるための大事な裏方です。
この作品の場合、それは主に2つ。
① 温水が八奈見の飲食代を建替えていて、八奈見は温水に手作り弁当を作り、貨幣換算することでこれを返済していく。
② 失恋相手(袴田草介)とその彼女(姫宮華恋)や、失恋したことを知っている友人との気まずさから距離を置こうとしている
ラブコメっぽくて良いですね。八奈見について、①をとおして、不器用ながら一生懸命に弁当を作るひたむきさが描かれ、②をとおして恋愛関係や友人関係に悩む普通の女の子である様子が描かれます。
つかみや展開自体はさほど目新しかったり奇抜だったりするわけではないのですが、掛け合いからヒロインを描き出す技量が、特にコメディ要素織り交ぜながらヒロインの感情を豊かに表現する能力(それってラブコメのすべてですよね)が抜きんでています。
その意味で、このラブコメは、王道的です。
〇 負けヒロインisエモい
さて、八奈見の他にも登場人物がいて、それぞれに物語の展開があるのですが、今回は触れません。
ところで、「負けヒロイン」の魅力ってなんでしょう。
まず、負けているので、とりあえずフリーですね。(こういうと身も蓋もありませんが)
しかし、ほとんどのラブコメのヒロインには恋人はいないので、それを強調する意味はあれど、それ自体新しくはありません。
また、温水には失恋の傷心に付け入って距離を縮めようという下心も皆無です。
それよりも大事なのは、負けヒロインの魅力は「恋する女の子」を描ける点だと思います。
負けたのは、誰かに恋した結果なのです。
負けヒロインにとって重要なのは、負けていることよりも、恋していることだと思います。
だって、「恋する女の子」って、かわいいですよね。
情緒不安定で、猪突猛進で、挙動不審で、感情があふれ出でしまう。
ラブコメなんだから、感情を描いてナンボです。ラブコメは冷笑的ではだめです、主人公とヒロインの感情に真正面から向き合って描き切るのがラブコメです。
人は知らない他人の恋愛であっても、応援したくなったりするものです。
要するに、負けヒロインはエモいのです。
〇 作品の展開
この作品の魅力は語ろうと思えばいくらでも語れます。私はまだラストシーンについて触れていないし、要所要所に小説内小説や寸劇を挟むことによる小説の緩急についても触れていない。でも、そうした魅力については私が書くまでもなく、各人がとっぷり味わえばいいと思います。
それよりも少し考えてみたいのが、この作品の今後の展開です。
ラブコメ、特に特殊なストーリー設定が敷かれておらず、基本的にはごく普通の学校生活における登場人物の動きだけで作品を展開していくラブコメ(僕はそれを勝手に王道ラブコメと呼んでいます(『とらドラ!』がその代表))は、第1巻は「つかみ」で強引に最後まで読ませることができても、シリーズを長く続けるためには、豊かな人間観に下支えされた物語の構想力がなければ立ち行きません。
第1巻では、ヒロインがひたすらに失恋し、その「負けヒロイン」っぷりを発揮しました。
2巻以降では、ヒロインたちがすでに一度失恋している中で、「負けヒロイン」感を改めてどのように出していくのか。ヒロイン全員が負けヒロインであることで、物語にどのような力学が働くのか。
すでに、私にとっては愛すべき作品になっていますし、第2巻の発売が待ちきれませんが、ぜひラブコメの金字塔となるような偉大な作品になってほしいと、心から期待しています。
※なお、これを書いている間「はぁ、杏菜ちゃんかわいいよぉ」と5秒に1度くらい思っており、このレビューは、要は照れ隠しみたいなものです。