【ラノベレビュー】『負けヒロインが多すぎる!3』

 『負けヒロインが多すぎる!3』の感想というか考察を書いていきます。

 本作のあらすじ、登場人物の紹介、2巻までの話の流れなどは省略しますが、一方でネタバレはあります。読み終わった方向けに書いた文章です。

 

負けヒロインが多すぎる! 3(ガガガ文庫) 書影

(前提① 本作にとっての学園祭の位置づけ)

 

 本作は、1年生にとってはじめての、3年生にとって最後のツワブキ高校学園祭に向けた準備と本番での、登場人物たちの奮闘と人間模様が描かれます。季節は10月です。

 

 一般的に、ライトノベルなど高校を舞台とした学園小説において、学園祭は、学園生活での修学旅行に次ぐ大イベントですが、文化部員にとっては、2つの理由で、修学旅行以上に大きなイベントになるでしょう。

 1つ目は、特に節目となる大会のある運動部(及び一部の文化部)と違って、学園祭がハレの舞台となることです。

 2つ目は、1つ目と関係しますが、学園祭がある種の節目として機能するので、代替わり(3年生の引退)が行われることです。

 

 1つ目について、本作でもやはり主人公・温水和彦の所属する文芸部は展示の発表を行います。

 2つ目について、ツワブキ高校文芸部は2年生不在なので、1年生が主導して展示を成功させなくてはいけません。なので、文芸部1年生たちにとって、代替わりとしての文化祭は特に大きなイベントとなるでしょう。

 その1年生の中でも、時期部長に任命された小毬知花は大きな責任感を持って、学園祭の準備を行います。

 

(前提② 小毬知花と玉木慎太郎との関係)

 

 時期部長に任命された小毬知花ですが、現部長の玉木慎太郎は、たんなる先輩-後輩、部長-次期部長というだけではありません。言うまでもありませんが、小毬は部長に好意を寄せており、1巻で告白していますが、ふられています。

 

 玉木は小毬にとって、公私ともに大きな存在であるといえます。

 ここでは、それぞれ文芸部を「公」、個人的な関係(片思い)を「私」としていますが、もちろん、一般論として、高校生にとっての学校生活を「公」と「私」に分けられるものではありません。そのことは同時に、小毬が恋したのが「玉木慎太郎」でも「文芸部長」でもなく、「玉木慎太郎・文芸部長」であることも意味するでしょう。

 

 だから、小毬にとって、今度の学園祭は本当に重要です。

 自分が文芸部の部長として、これからの文芸部を引っ張っていけることを示し(公)、玉木への片思いに踏ん切りをつけ(私)なくてはいけないからです。

 このことは、本作の作品紹介に「感謝とさよならのラブレター」とあることと照応しています。

 

(小毬知花はなぜ倒れるか)

 

 ここまで、本作にとっての学園祭を位置づけ、小毬と玉木の関係性を整理することで、小毬にとって学園祭が持つ意味を明らかにしました。

 小毬は学園祭の成功に向けて、一生懸命準備を進めますが、そこには危うさがあります。

 具体的には、小毬は展示物の作成に打ち込むあまり、過労で倒れてしまいます。(P145)

 

 しかし、小毬の展示物の準備がうまくいかないことは、ある意味で物語上の必然といえます。これは、物語を盛り上げるために、あるいは小毬と温水の仲を接近させるために、「ハードル」を設けた方が物語として面白いということ――ではありません。

 

(小毬知花の立ち位置)

 

 小毬がなぜ倒れるのでしょうか。小毬が大変な作業を一人で抱え込んでしまう内向的な性格にあるのでしょうか。弟、妹の世話が大変だからでしょうか。そうではない、とあえて言いましょう。

 そこには、文芸部における小毬の独特の立ち位置があります。そのことを確認してみましょう。

 

 ツワブキ高校文芸部には小毬含め、4人の1年生がいます。

「1年生の中では一番の古株だし、部に対する思い入れも強い」(P24)小毬知花、「私(小毬)が言って、ようやく部活に来るようになった」(P315)温水和彦、「彼氏とかできたら、幽霊部員に」なりそうな、八奈見杏菜(P24)、陸上部が本業の焼塩檸檬

 こうしてみると、文芸部における小毬の特別な立ち位置が見えてくると思います。

 物語の終盤で「私には文芸部しかない」(P316)と小毬自身が言うことからも明らかなように、小毬と他の1年生の間には、文芸部への真剣際に温度差があります(少なくとも、小毬にはそのように感じられています)

 それぞれの文芸部へのコミットの仕方は、学園祭が終わったからといって、変わらないでしょう。(学園祭後に、次の文芸部を担っていくという意識は他の3人からはあまり感じられません。

 

 以上のことから強調しておきたいのは、「前提②」で確認したように、小毬は文芸部のためにも玉木のためにも学園祭の展示を一生懸命頑張るのですが、展示がどんなに成功したとしても、他の1年生部員3人がいつかいなくなってしまうかもしれない、という不安は解消されないということです。

 残酷な言い方をすれば、この不安が解消されない限り、小毬がどんなに頑張って展示を成功させても、この物語における学園祭の「成功」はありえません。

 

「先輩たちが卒業したら一人になる」(P315)かもしれないという小毬の不安は、物語の奥底で作品に緊張感を与え続け、そして、クライマックスにおいて、小毬の悲痛に訴えとして現れます。

 

「1年生は4人いるけど、みんなは他にも居場所がある人だから、いついなくなるか分かんないじゃない!」(p315)

 

(本作のクライマックスで起きていること)

 

 小毬の訴えに、読者は心を揺さぶられます。それは、温水を通して読者が小毬の隠された思いに気が付くからです。

 本作は小毬が学園祭を通して、玉木に「感謝とさよならのラブレター」を届けることを主題とする物語として読めますし、実際、そのように語られ、小毬の不安はこのシーンまで作者によって意図的に隠されているともいえるでしょう。

 だから、温水(及び読者)は先の引用によってはじめて小毬の不安に直面し、この物語の背後にあった緊張の正体を知るのです。

 そこで読者はある種のカタルシスを得るといってもいいでしょう。

 

 さて、別の観点から注目したいのが、他の3人に比べて小毬の「部に対する思い入れ」が強い(P24)こと自体は、1巻の時点から変わりがないことです。

 本作では、小毬と他の3人との文芸部への思い入れの強さの違いが、学園祭と代替わりを通して、3年生引退後の孤独として前景化されているのです。

 1年生同士の人間関係がなにか構造的に大きく変化したわけではないのに、ストーリーによって関係の意味が変容するということです。あるいは、1巻で張り巡らされた人間関係それ自体がある種の伏線として、本作によって回収されているとも言えるでしょう。

 本作のクライマックスの妙味はその点にもあると思います。

 

(温水が部長になるということ)

 

 さて、小毬の不安はどのように解消されるのでしょう。

 結論から言えば、温水が部長を引き受けるという形で、です。

 しかし、なぜ温水が部長になることが、解決(小毬の不安の解消)になるのでしょうか。

 温水が部長を引き受けることは、文芸部に対して責任を持ち、信頼のおける部員となることであり、人前に立って話すことなど、小毬が不得手な部分をカバーすることで、文芸部が安定することであるでしょうし、あるいは、主人公が主人公らしい地位を与えられること、と解釈できるかもしれません。しかし、それでは不十分な気がします。

 

 前提②で確認した通り、小毬にとっての部長は、公私ともに要となる存在でした。その位置に温水が付くことは、部長の役割の事務作業を行うことや、主人公らしい地位に収まること以上の意味を持ちます。

 もちろん、温水が部長になったことで、即座に小毬が温水に好意を持つと考えることは性急にすぎますが、そのような解釈の余地はあります。

 それは作品の中から具体的に読み取れます。

温水は小毬に対し、「俺、ずっと一緒にいるから」(P323)というメッセージを送ります。

 

 そのメッセージは誤解を与える表現として小毬に伝達されますが、小毬はその誤解をあえて解かずにこう応答します(以下、P324)。

 

小毬が女子の輪から抜けて、一歩前俺に向かって足を踏み出す。

「ぬ、温水。言ったからには、せ、責任とれ」

「えっと、それはつまり……」

 小毬は前髪の間からはにかんだ笑顔で俺を見上げてくる。

 

「逃げられない、からな。頼むぞ――部長」

 

 

※追記

 これだけ書いておいてなんですが、特に深い考察とかではなくて、誰でも読めば当たり前に感じることを言語化しただけです。なので書きすぎ(言うのは野暮)な部分もあると思いますが、お許しください。

 本文にうまく入れられなかったのですが、最後のシーン、LINEでのやりとりは小説で生きる表現ですね。書き言葉が誤解を誘発して美しいラストに流れるのも見事です。

 

 さて、今回も八奈見の「食いしん坊」表現は卓越してますね。

 特に好きなのが以下の2つです。

 

○ 八奈見は無造作に箸を突っ込む。塊のまま持ち上がったチャンプルーに、一瞬迷ってから大口でかぶりついた。(P34)

○「じゃ、これもらうね」

 「こういう時におにぎり持っていく人、初めて見たな」(P36)

 

食いしん坊描写じゃないですが、ここも好きです。

 

○「コンサルタント……それって、コンサルってことだよね」

 「なんで略して言い直したか分からないけど、その通りだ」

  八奈見は満足げに頷くと、髪をかき上げる。

 

 書き写してて、にやにやしますね。

 

 4巻が楽しみですね。西川君に期待!

 

 最後に、これまで書いてきた雑文とかのリンクです。お粗末ですが、よろしければご笑覧ください。

 

『負けヒロインが多すぎる!1』感想・考察

https://victor-kabayaki.hatenablog.com/entry/2021/09/23/073305

 

『負けヒロインが多すぎる!1』酒飲み実況

https://twitter.com/victor_sugawara/status/1439865566672523269?s=20&t=wIlK5Vko2iEbDAWYHihKiQ

 

『負けヒロインが多すぎる!2』酒飲み実況

https://twitter.com/victor_sugawara/status/1464897118619852803?s=20&t=wIlK5Vko2iEbDAWYHihKiQ