【ラノベレビュー】火界王剣の神滅者 (HJ文庫)

火界王剣の神滅者 (HJ文庫)

 

2013年の作品ですからもう10年近く前ですね。当時もあまり注目もされていませんでしたが、個人的には良作だと思っていました。以下の感想も2013年当時の物です。

誰かに届けば。

 

=====以下、本文=====

 

 ライトノベルで戦闘シーンを描くことは、常にディレンマをともなう。小説で戦闘の迫力や疾走感を描くためには、映像的でなければならない。しかし一方で漫画やアニメーションでは表現できない、文章表現特有の戦闘描写をしなければバトル系ライトノベルの存在意義は失われる。

 『火界王剣の神滅者』でうまいなと思うのは、「幾銭か幾万か、もはや数えるのも馬鹿らしい数の矢が」というような表現。数に圧倒されながら、しかも苦笑いを浮かべる余裕のある主人公・夏彦の皮肉が伝わってくるようで、戦闘描写と心理描写を一文で表現することに成功している。

 もちろん、この作品の持ち味は戦闘描写だけにあるのではない。夏彦とヒロイン・織姫の関係が注目される。読んでいるこちらが恥ずかしくなるほど、主人公は率直にヒロインへの愛を表すが、ヒロインはそれに対してどうにも冷たい。読者はそれがヒロインの「ツンデレ」であることは承知しているが、主人公があまりに率直に愛を表現するため、ヒロインの「ツン」の容量がいっぱいになり「デレ」が溢れてしまう。ただ、夏彦と織姫の関係の魅力は、「ツンデレ」という補助線だけでは語れない。無力な子どもでしかなかったがゆえに幼馴染の織姫との別れを余儀なくされた夏彦が五年の歳月を経て織姫のもとに騎士として帰還する。幼少時の事情を知らされている読者は成長した夏彦が旧知の織姫の前にさっそうと現れる瞬間、カタルシスを得る。しかしそれは守る男と守られる女という単純な構造へ還元されない。

「夏彦のことが好きならなおのこと、肩を並べて立ちたかった。一方的に守られるのは嫌なのだ。

――追いかけて、並び立つ」

 ほとんど織姫の独白に近いこの部分は、作中で詳細に描かれない夏彦と離れてからの織姫の五年間を想像させるにあまりある。織姫のツンデレというキャラクター性に物語性が付与される瞬間であり、思わず鳥肌がたつ。

 三人称の文体から巧みに各キャラクターへ視点を移動させる技術、メインの2人を引きたてながらなお個性を失わない脇役たちなど、挙げればきりがないが、この作品はちょっと欠点が見当たらないほど丁寧に作られている。どっしりと腰を落ち着けて書かれた感のある『火界王剣の神滅者』から目が離せない。